私にとって、志願票を提出し終えた2022年7月2日午後5時以降に、ようやく高校生活が正式に終わりを告げた。
三年前に武中を選んだが、今振り返っても後悔はない。何年も経ってから振り返れば、あの人の少ない小道の方が魅力的に思えるかもしれないが、選択の正しさなど誰にもわからない。あの頃の私はなんと確信に満ちていたことか。理由はもはや煙のように消え去ったが、今でもあの未熟な少年を尊重している。
この黄色い森の中で、私たちはよろめきながら、縁に導かれて三年間を共に歩んだ。あの笑い声や涙は次第に水に流されていったが、木はすでに根を下ろし、濃い木陰を残している。あの優しい呼び声は誰のものだろう?耳元に長く響いている。私は兄貴であり、小太りであり、2組の化学課代表であり、あずまやで遠くを見つめる者であり、詩を詠み歩く旅人である。一人また一人と、一つの風景また一つの風景と出会い、私はやはり私である。
私は本当の意味でどの輪にも入らず、誰とも敵対しなかった。知らず知らずのうちに誰かを傷つけ、知らず知らずのうちに誰かを温めたかもしれない。もしそうなら、私の謝罪を受け取り、あなたの感謝を伝えてほしい。私たちはそれぞれの運命に流されながら、同時に他人の運命の一部でもある。自分の運命を変えられないなら、できることなら他人に、この世界に優しくしてほしい。
范冰冰先生は良い人で、彼の包容力と理解がなければ、私はとっくに感覚を失っていただろう。他の先生方も皆職務を全うしてくださり、以前は矛盾や偏見があったとしても、今は静かな流れのような温かい感動だけが残っている。クラスメートとは概ね良好な関係を築けた(たぶん)。多くの人が精神的にも物質的にも私を助けてくれた。「一生忘れない」といった社交辞令は言わないが、今後必要があればできる限り報いたい。
寮の兄弟たちはそれぞれ個性があり、皆若くして有望だ。これから105号室の面々はそれぞれの道を歩み、安らかに過ごしてほしい。兄貴のことを気にせず、将来誰かが成功したら兄弟たちのことを忘れないでほしい。金はいらないが、機会があれば一緒に焼肉を食べよう。Cao、感傷的にならないように、改めて皆が若くして有望であり、愛を見つけることを願っている。
武中で唯一の長所は空気がきれいなことで、昼は雲を、夜は星を眺めることができる。私は朝日を踏んで来て、月明かりを迎えて去る。あの時は星が空いっぱいに輝き、池の畔の柳が揺れ、風も優しく、煩悩を吹き飛ばしてくれた。それ以外は見るに堪えない。まずい食堂、ドアのないトイレ、天然の滑りやすいタイル、隅に追いやられたゴミ箱……母校というものは、自分で悪口を言うことはできても、他人が一言でも余計なことを言うことは許されない。私たちは毎日「クソみたいな武中、青春を台無しにした」と言っていたが、去る時にはやはり未練があった。ここで告白するが、食堂2階の最初の配膳窓口のおじいさん、いつも量を減らさずにいてくれて、この貧乏人を満腹させてくれた。武中におじいさんがいなくなったら、西洋がエルサレムを失うようなものだ!
この前武中に行った時、帰りがけにいくつかのクラスが体育の授業をしているのに出くわした。若者たちがバドミントンのラケットやバスケットボールを持ってコートを確保しようと走り回っている様子は、なんと青春に溢れていたことか。一瞬にして自分が年を取ったと感じた。あれはもう戻れない青春だ。Gccが室内体育館のバスケットゴールの枠に当てたバドミントンのシャトルは、あの場所でどれくらい埃を被っているだろうか。赤いトラックには数えきれないほどの足跡と汗が刻まれている。小山の花は今きっと見事に咲いているだろうが、花見をする人はどこへ行ってしまったのか。武山湖の風が吹き続け、春を緑に染め、夏を赤く染め、秋を黄色に染め、冬を白く染めた。
一目見つめる
掌で旋回するそよ風のよう
天に満ちる靄と化す
夏の趣深く
光陰矢のごとしと雖も
黄昏過ぎて夜来たる時
最も明るい星を摘み取る
私は世の中を行きつ戻りつ
生命は長い修行のよう
私に悔いを与え また驚きを与え
数えきれぬ風景を与える
2022年7月4日
孤筝
時に微風頬を撫で 雲霞天に満つ

いつまた一杯の酒を飲み、細かい論文を議論するのか。